カテゴリ:歯科臨床( 38 )

2017年 08月 29日
哲学と科学
e0273912_8521526.jpg医学概論で有名な澤瀉久敬(おもだか ひさゆき)先生の著書、哲学と科学を読みました。哲学書は一般的に難解なものが多いのですが、NHKで放送された内容ということで、哲学と科学との関係性についてとてもわかりやすくまとめられていました。

”(文明社会である現代において)科学に華々しい前進をさせている根拠を知るためにまずは科学の本質を探り、さらに科学と哲学との結びつきという、いわば学問全体の源泉にまで遡ることが重要である。それこそ、人類の文明を正しく導くために必要であるだけでなく、科学自体の進歩をより確実にするためにも望ましいことではなかろうか。”

中谷宇吉郎も「科学以前の心」の中で、”科学の飛躍的な発展が人類の滅亡を来すか、地上に天国を築くか、それを決定するものは科学ではなく、人間性である。”と述べています。その判断すら科学(人工知能)に委ねることも現実味を帯びてきている恐ろしい時代ですが、何事も、哲学と科学との両面から考えることの重要性を改めて感じさせられた一冊です。

by nakadateshika | 2017-08-29 08:52 | 歯科臨床 | Comments(0)
2017年 08月 20日
THE BIG FIVE
e0273912_16335940.jpgこれといったネタも思い当たらないので、読みかけていた本(パーソナリティを科学する)を改めて読んでみました。

複雑な対象(全体)を、いくつかの要素(部分)に分けるこによって理解する手法は科学の常套手段です。KA367は、欠損歯列の特徴を5つの要素(歯周病・咬合力・嵌合位・四犬歯・大臼歯支持)に分けることで、その病態がとても理解しやすくなります。
一方この本では、パーソナリティ(性格)を5つの要素に分けそれを数値化することにより、多種多様なパーソナリティを比較・分析することができる、というようなことが提言されています。

Extraversion(外向性): 外向的・内向的
Neuroticism(神経質傾向):神経質・無頓着
Conscientiousness(自律性):自制的・衝動的
Agreeableness(協調性):協力的・自己中心的
Openness(開放性):革新的・保守的

数値化することは難しいような気もしますが、こういった枠組みを意識することで理解しやすくなることは確かなようです。性格分析にはより多くの項目に分ける手法もあるようですが、分けて考える場合には片手で収まる3〜5項目に分類するのが良さそうです。

by nakadateshika | 2017-08-20 07:48 | 歯科臨床 | Comments(0)
2017年 07月 26日
Science & Art
e0273912_08124645.jpg昨日は、火曜会の例会でした。今回は若手・中堅・ベテランからの3演題でしたが、いずれも欠損補綴(機能回復)がテーマだったように思います。機能回復は、(保存治療や予防に比べて)客観的評価がしづらいだけに、再現性や因果律を基盤とする科学(science)にとっては苦手な分野で、経験や勘、そして技術(art)といったものが大きく関わってくるようです。

”Medicine is a science of uncertainty, and an art of probability.”

オスラーが残したこの言葉は、シンプルであるがゆえに難解ですが、それだけに奥深さがあります。医療について、(オスラーが尊敬していた)プラトンは「つまり医術とは患者の本性を考察し、また自分が行う処置の根拠をもよく研究していて、そして一つ一つのケースについて理論的な説明を与えることができる技術である。」と述べています。
これらを考え合わせてみると、医療の対象となる”ひと”は(常に変わりつづける)不安定で予測しづらいものだが、(処置の根拠や一般性を見出すためにも)できる限り科学的な思考や態度で臨むべきである。と同時に、予後を感じ取る(未来を予測する)ために必要な経験や勘を培うことも重要であり、医療とはその二つ(サイエンスとアート)を相互に関連させることによって成り立つものである、というような意味合いのように感じられます。
そう考えてみると、サイエンスとアートを結びつける手立てとして、仮説思考やプロビジョナル、そして術後経過観察がとても重要であるということを改めて感じました。


by nakadateshika | 2017-07-26 12:22 | 歯科臨床 | Comments(0)
2017年 06月 09日
保育園の歯科検診
e0273912_63543.jpg先日、保育園の歯科検診に行ってきました。虫歯がある子は少なく、悪いのは検診している人の姿勢ぐらいなものでした。そのせいなのか最近四十肩に悩まされており、ロキソニンテープが手放せない毎日です。。。

by nakadateshika | 2017-06-09 06:36 | 歯科臨床 | Comments(0)
2017年 06月 07日
診断力は臨床力
e0273912_6155558.jpg”総合診断は、自分の医療の鏡像としても機能し始めた。我々は、鏡に映った自分の全体像を見て、初めて統一性のある自分を発見できるように、総合診断という全体像を通して自分の医療の実態を知ったのである。そして同時に、医療の対象である患者の全体像を知ることにもなった。(火曜会かわら版)”

診断(総合診断・臨床診断)に、何を求めるのか?それによって色々な捉え方はできると思いますが、自分としては三宅先生の書かれているイメージがシックリきています。歯科臨床では、患者要素、術者要素、環境要素、さらに時間的要素まで加えると、客観的で絶対的な診断を下すことが極めて難しい、というよりほぼ不可能とさえ思えてきます。ただ、自身の臨床が渾然一体となった臨床診断(原因探索・病態評価・予後・治療目標)を整理して、できるだけわかりやすくアウトプットすることで、目指すべき方向性や課題が明確になります。そしてそれは、患者術者双方にとって非常に有益なものであり、自身の鏡像である診断を再評価することで、臨床力も向上するのではないかと考えています。

”「智に働けば角が立つ、情に棹させば流される、意地を通せば窮屈だ」という草枕の冒頭の言葉が重みを増して思い出される。(臨床診断)”

総合診断へのアプローチから10年という名論文の末尾はこのように締めくくられています。最初読んだときにはよく理解できませんでしたが、診断に関わる色んな文献を読んでから改めてこの一文を読み返してみると、その意味する重みが漸くわかってきました。
総合診断には、術者の心理を司る三要素(智・情・意)、ギリシャ哲学風にいえば ロゴス(客観的思考力)・パトス(感受性対人力)・エトス(主観的自律力)、その全てが関わるもので、それを術者間で共有するということがいかに難しいことなのか。それと同時に診断力を向上させるためには、知情意すべての力をバランスよく育んでいく必要があるのだということを示しているように思えます。

今回自分なりに、診断についてあれこれ考えてみました。結局は、先人の考察されていた内容から一歩も抜け出すことはできませんでしたが、その経緯を知り自分なりに理解することで、歯科医療というものの奥深さを改めて感じました。歯科臨床において診断とは何か?という答えにはまだ程遠いですが、今後も考え続けていきたいと思います。

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by nakadateshika | 2017-06-07 06:16 | 歯科臨床 | Comments(0)
2017年 04月 27日
一般論 ↔ 個別論
e0273912_8474248.jpg”医療における診断とは、患者をどのようにマネージメントしたらよいかを知るための知的分類作業である。(内科診断学)”

”治療というのは診断によってカテゴリー化されたものを、もう一度バラバラにほぐして患者個体のレベルに帰し、その一人一人の具体的な患者をコントロールしようとする営みです。診断が認識論なら、治療は制御論であり、個別化の過程です。(医者と患者と病院と)”

”診断とは、疾患(disease)と病気(illness)をつなぐ架け橋のようなものである。(メジャー診断学)”

歯科臨床では、個別性を無視するわけにはいきません。しかし最初からそこにとらわれすぎてしまうと、全体像を見失う恐れがあります。一般論から個別論へ、この流れが正解への近道のように思われますが、そのステップにおいてKA367やデンチャーイメージがもたらす恩恵は極めて大きいのではないかと感じています。また、そうした個々の症例を積み上げていくことが、新たな一般論を築く礎となるのではないでしょうか。

by nakadateshika | 2017-04-27 06:02 | 歯科臨床 | Comments(0)
2017年 04月 24日
火曜会かわら版
e0273912_8384650.jpgこちらの小冊子には、火曜会会員の先輩方とその周囲の方々が考える「総合診断」がまとめられています。診断について学ぶうえでは、とても参考になる記事ばかりなのですが、筆者の方々の観察力や洞察力、そして何よりその文章力にはただただ圧倒されるばかりです。

”総合診断は、自分の医療の鏡像としても機能し始めた。我々は鏡に映った自分の全体像を見て、初めて統一性のある自分を発見できるように、総合診断という全体像を通して自分の医療の実態を知ったのである。”
”口腔単位の治療の拠り所としての診断を仮想し、これまでの歯科の診断と対比して総合診断という言葉を用いたことには、症例への対応だけでなく、歯科医療のあり方に対する願望も秘められていた。”

「総合」ということばの中に、各対象(術者・患者・歯科医療)の空間的・時間的要素をどこまで含めるのかによって、総合診断の難易度は大分変わってきそうです。自分の能力を踏まえて考えてみると、診断はあくまで「一面のかた」と割りきって、その不足分は経過観察で補うというのが現実的なように感じています。

by nakadateshika | 2017-04-24 08:39 | 歯科臨床 | Comments(0)
2017年 04月 23日
総合診断へのアプローチ
e0273912_5521090.jpg前回のもぐら塾には間に合わなかった臨床診断について、再考しています。講義の中でもご紹介されていた豊永先生や国島先生をはじめ、著明な先生方が自身の臨床診断についての考えをまとめられていて、今読んでみても学ぶことが満載です。

”複雑、多様化していく歯科医療のなかで、歯科医師が本来行わなければならない役割が何であったのか(金子先生)”
”診断と治療方針というのは難しいものであり、患者によっても術者によっても変わるものであると思う。自分の未熟さを補うために、常に慎重に考え行動するように心がけ、チェックを繰り返し、書物から学び、患者から学ぶ毎日である(国島先生)。”
”総合的な診断の目と、基礎的診療やラボワークに対する細かい注意の積み重ねとが、患者の口腔を長期にわたり大過なく経過させることを忘れてはならない(豊永先生)。”

「術式は以前のものであっても、物事を的確に見つめていた先駆者たちが残した書物から学ぶことは極めて多い。」と、(平静の心で有名な)オスラー博士は述べています。時代とともに”how to”は変わりますが、”what to do”はそれほど変わらないものだと思うので、こういった本は是非とも残していくべきだと思います。

by nakadateshika | 2017-04-23 05:50 | 歯科臨床 | Comments(0)
2017年 03月 09日
デンティスト
e0273912_13253730.jpg分館への配送が概ね完了しました。無類の本好きにとっては名著に囲まれているだけでルンルン気分ですが、それでは宝の持ち腐れになってしまうので、少しづつでもご紹介していきたいと思っています。

こちらは、1975年に創刊された歯科雑誌・デンティストです。「患者とのコミュニケーションを考える〜開業医・その現実と未来〜」というテーマの中での記事ですが、(顔写真を除いては)40年以上前のものとは思えない内容で、今読んでみても心にズシンと響きます。

”もともと病気に悩む人々を救うための学問であったはずの医学の進歩が人間のあり方についての理解を混乱させ、先行きについての戸惑いや、一種の恐怖感が生まれはじめているようにも思われます。(医者と患者と病院と)”

40年前から見れば、診断機器や治療技術は飛躍的に進歩しました。それとともに、歯の保存や機能回復を図る選択肢も大幅に増加しましたが、果たしてどこまで機能回復することが医療なのか?という問題は、超高齢化社会という難題も抱えた現代ではより一層難しくなっているのではないでしょうか?恐らくその問題についての絶対的な答えというものはなく、より個別性が重視されてきているように思いますが、その答えに少しでも近づくためには、コミュニケーションに基づいた歯科医師と患者との(成人ー成人関係による)共同作業が必要不可欠であるということを、痛切に感じています。
コミュニケーションの語源を手繰ると、「伝達する」という一方的なものではなく、「共有すること・分かち合うこと」だそうですが、そのための手段として口腔内写真やレントゲン写真などの基礎資料は、今でも必要不可欠なものであることに変わりはありません。その一方で、同じような悩みを抱える歯科医師同士で問題を共有するという意味でも、記録資料の持つ意味は絶大です。K先生の業績は数多いですが、後世に記録の重要性を伝承したことが何よりも大きな功績だったのではないかと個人的には思っています。

今月下旬からは、また基本ゼミが始まります。デンティストとは何する者ぞと、これから新たなスタートを切りたいと考えているであろう受講生の先生方には、是非とも読んでいただきたい名文です。


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by nakadateshika | 2017-03-09 13:00 | 歯科臨床 | Comments(0)
2017年 02月 27日
需要と供給
e0273912_717769.jpg書籍の配達でもお世話になっているクロネコヤマトですが労働環境はなかなか厳しいようで、amazonや技工物の配達で毎日のように酷使している自分にとっては耳が痛いニュースです。
中身はだいぶ違いますが、テレスコープ義歯もまた難しい状況を抱えています。これまではテレスコープの聖地・八重洲アカデミーに甘えっきりだったのですが、今後はそういうわけにもいきません。さりとて、自分にとって二次固定のない臨床はもはや考えられず、基本ゼミや救歯塾などの卒業生が増えるにつれてテレスコープの需要も増えるのではないかと思います。
納品される内冠の美しさや内外冠の絶妙なフィット感をみるにつけ、誰にでも手がけられる代物ではなく、技工士さんの並々ならぬ熱意と努力、そして技術があってこその選択肢だと常々思っています。ただどうしても依頼先は限定されてしまうため、結果としてかなり厳しい労働環境となってしまうことは心苦しい限りです。今後もこの素晴らしい技術を継承していくためには、歯科医師・技工士が一体となって取り組んでいかなければならない課題なのではないかと感じています。

by nakadateshika | 2017-02-27 07:17 | 歯科臨床 | Comments(0)