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2017年 09月 02日
氷壁
e0273912_832266.jpg果たして、ナイロンザイルは切れたのか、切られたのか?

先日ご紹介されていた、「氷壁」を読み始めました。女性関係、友人関係、そして自らの命を繋いでいたナイロンザイルを巡る人間ドラマに、すっかり魅了されています。山のことはさっぱりなところもありますが、哲学書などに較べればはるかに読みやすく、グングン読み進んでいます。

「哲学と科学とを繋ぐものは文学である」と澤瀉先生も書かれていますが、これまであまり文学には親しんでこなかったので、これからは意識的に読んでみようと思っています。



※読後感
主人公の上司で人生哲学を語るT、その一方で友人の愛人の夫という微妙な立場でありながらも、科学的な目線に徹するエンジニアY。井上靖が京大哲学科出身ということも関係しているのかもしれませんが、ナイロンザイルに纏わる事件、あるいは主人公の生き方に対して、哲学的視点と科学的視点とを異なる登場人物に分けて語らせているところが、とてもわかりやすく、また興味深く感じました。

by nakadateshika | 2017-09-02 08:03 | 書籍・映画・テレビ | Comments(0)
2017年 08月 29日
哲学と科学
e0273912_8521526.jpg医学概論で有名な澤瀉久敬(おもだか ひさゆき)先生の著書、哲学と科学を読みました。哲学書は一般的に難解なものが多いのですが、NHKで放送された内容ということで、哲学と科学との関係性についてとてもわかりやすくまとめられていました。

”(文明社会である現代において)科学に華々しい前進をさせている根拠を知るためにまずは科学の本質を探り、さらに科学と哲学との結びつきという、いわば学問全体の源泉にまで遡ることが重要である。それこそ、人類の文明を正しく導くために必要であるだけでなく、科学自体の進歩をより確実にするためにも望ましいことではなかろうか。”

中谷宇吉郎も「科学以前の心」の中で、”科学の飛躍的な発展が人類の滅亡を来すか、地上に天国を築くか、それを決定するものは科学ではなく、人間性である。”と述べています。その判断すら科学(人工知能)に委ねることも現実味を帯びてきている恐ろしい時代ですが、何事も、哲学と科学との両面から考えることの重要性を改めて感じさせられた一冊です。

by nakadateshika | 2017-08-29 08:52 | 歯科臨床 | Comments(0)
2017年 07月 19日
科学であり、科学でないもの
e0273912_842113.jpg旅行には、(寺田寅彦の愛弟子である)中谷宇吉郎の名著「科学の方法」を持って行きました。

”科学というものは、あることをいう場合に、それがほんとうか、ほんとうでないかということをいう学問である。色々な人が同じことを調べてみて、それがいつでも同じ結果になる場合には、それをほんとうというのである。”
”多数の例について全般的に見る場合には、科学は非常に強力なものである。しかし、全体の中の個の問題には案外役に立たない。しかしそれは仕方がないことである。科学というものには本来限界があって、(広い意味での)再現可能の現象を自然界から抜き出して、それを統計的に究明していく、そういう性質の学問なのである。”
”生命の科学では、(科学の基本的手法である)分析と総合の方法を用いることができない場合が非常に多いのである。一つ一つの要素について、色々な法則を調べ、各要素について一通りの知識が得られても、それを集めただけでは、全体の性質は分からない場合が多い。”

生命の科学である歯科臨床においても科学の恩恵(創傷治癒・疫学・歯科材料・器材など)は絶大で、そういった知識や技術がなければ現代の歯科臨床が成り立たないことは間違いありません。しかし実際の治療対象は個々の患者さんであり、とりわけ欠損補綴のように数値で計測できない「くち」や「ひと」の要素(生活背景・求める機能など)が複雑に絡みあう分野では、科学的な視点だけではその全体像や方向性を定めることは難しいといえます。科学であって科学でない歯科臨床において、科学の恩恵を十分に、そして適切に活用するためにも、科学とは何かを知り、その限界を知ることはとても大切なことだと思います。正直いって、科学とは?と問われても漠然としたイメージしかありませんでしたが、科学の本質や限界についてわかりやすく解説している本書を読んで、だいぶ理解が進みました。こちらも間違いなくオススメの一冊です。


by nakadateshika | 2017-07-19 08:42 | 書籍・映画・テレビ | Comments(0)
2017年 07月 16日
読書について
e0273912_634496.jpgこの連休は、毎年恒例の同窓会で福井に行ってきます。今回は電車での旅となるので、以前から興味があった「読書について」を用意していたのですが、内容が余りにも面白く、すでに殆ど読んでしまいました。

”読書とは自分の頭ではなく、他人の頭で考えることである。”
”学者とは書物を読破した人、思想家、天才とは人類の蒙(もう)をひらきその前進を促す者で、世界という書物を直接読破した人のことである。”
”巧妙な比喩を案出するのは、最も偉大な業(わざ)である。なぜなら絶妙な比喩を案出することは、事物に共通の類似した特性を把握することだからである。”

「野郎の本箱」にとっては耳の痛い指摘ばかりですが、ものを読む、ものを書く、そしてものを考えることについての名言が、ぎっしり詰まったオススメの一冊です!

by nakadateshika | 2017-07-16 06:36 | 書籍・映画・テレビ | Comments(0)
2017年 06月 28日
愛か捨か
e0273912_1520573.jpg今回の”100分de名著”は、仏教書の「維摩経」でした。仏教に限らず宗教がらみの話はサッパリなので、ほとんど理解できていませんが、”捨の美学”という一項で幸田露伴の随筆が引用されていました。

”取ることを知りて、捨つることを知らぬは大なる過(あやまち)なり。雑草、破れ瓦などを除き捨つれば、庭の趣きは自ずからに成り、紙片糸くずなどは掃き捨つれば、庭の趣きは自ずからに整ひ、莠(はぐさ)を捨つれば稲は肥え、蕾を多く摘み捨つれば、菊の花はいと大きく咲くなり。
天地もと人を悩まさず、人ことさらに要なきものを取りて、自ずから煩わし、自ずから苦しむのみ。捨てなむ捨てなむ。煙管(きせる)も捨つべきなり。酒杯(さかずき)も捨つべきなり。無くてぞあるべきこれらの物を捨つれば、要なき煩いは、はや大方去るなり。
おもへば捨つべきものの猶多くも有る哉。無くて事欠かぬほどのものを悉く捨てて、袂(たもと)に風のただ清く、心は水のただ平らかなるに至らば、人は望も自ずから成りて、徳も自ずから進みつべきなり。さは云え、さは云え、捨てかぬることよ。”

悟りを開いた人であれば分別を超越できるのでしょうが、俗人の場合には取捨選択が大事です。先日の講演会でも感じましたが、一流の人はその見極め・選球眼が卓越しているように思えます。自分などはついつい広く浅くとなってしまうのですが、非才なものほどその対象範囲を狭めなくてはいけません。さは云え、さは云え、捨てかぬることよ。。。

by nakadateshika | 2017-06-28 15:20 | 書籍・映画・テレビ | Comments(0)
2017年 06月 17日
何でもみてやろう
e0273912_733045.jpg話題になっていた「何でも見てやろう」を読みました。”貧乏ひとり世界旅”という括りの中では以前愛読していた「深夜特急(沢木耕太郎 著)」と同じですが、沢木さんが個の視点から世界を眺めているのに対して、 小田さんは 国とは何か、文明とは何か、そしてどうあるべきか?といった、より広い視点からより深く、(どこか哲学的に)日本や世界の姿を捉えようとしている印象を受けました。その背景には、大学時代に古代ギリシア語を学んでいたことも関係しているようです。

”今日(1960年代)の日本の留学生は、成金一家の三代目に似ているのであろう”
”一代目と二代目が「西洋」を西洋のコトバで学ばなければならなかったのに対して、三代目は日本語で学ぶことができる”
”三代目にとって、ピカソはPicassoではなく、ピカソなのである。つまり三代目は、「西洋」の中に何のわだかまりもてらいも劣等感もなく、入っていける。”

”三代目”というのは当時の日本の若者の立場を表現していますが、現代の歯科界に置き換えられるようにも思えます。1960年代といえば、まさに日本の歯科医療が近代化に向けて走り始めた黎明期にあたります。その時期に奮闘しご活躍された いわば第一世代の辛苦・刻苦があったからこそ今がある、ということはもぐら塾などでいつも感じるところです。そんなトップランナーの裏話(another story)を聞くことができる貴重な会(まだ名のない会)が来週行われる予定です。空席は残り僅かのようですが、ご興味のある先生は是非エントリーされてみてはいかがでしょうか?

本書を読んだ感想
1.「内から見る」のと「外から見る」のは大違い
2.思想というものは歩いて考えるものだ
 (本の中にある思想は借り物、思想は自分自身でつくるもの)
3.私は私が出会った全てのものの一部である

by nakadateshika | 2017-06-17 07:28 | 書籍・映画・テレビ | Comments(0)
2017年 04月 24日
火曜会かわら版
e0273912_8384650.jpgこちらの小冊子には、火曜会会員の先輩方とその周囲の方々が考える「総合診断」がまとめられています。診断について学ぶうえでは、とても参考になる記事ばかりなのですが、筆者の方々の観察力や洞察力、そして何よりその文章力にはただただ圧倒されるばかりです。

”総合診断は、自分の医療の鏡像としても機能し始めた。我々は鏡に映った自分の全体像を見て、初めて統一性のある自分を発見できるように、総合診断という全体像を通して自分の医療の実態を知ったのである。”
”口腔単位の治療の拠り所としての診断を仮想し、これまでの歯科の診断と対比して総合診断という言葉を用いたことには、症例への対応だけでなく、歯科医療のあり方に対する願望も秘められていた。”

「総合」ということばの中に、各対象(術者・患者・歯科医療)の空間的・時間的要素をどこまで含めるのかによって、総合診断の難易度は大分変わってきそうです。自分の能力を踏まえて考えてみると、診断はあくまで「一面のかた」と割りきって、その不足分は経過観察で補うというのが現実的なように感じています。

by nakadateshika | 2017-04-24 08:39 | 歯科臨床 | Comments(0)
2017年 04月 23日
総合診断へのアプローチ
e0273912_5521090.jpg前回のもぐら塾には間に合わなかった臨床診断について、再考しています。講義の中でもご紹介されていた豊永先生や国島先生をはじめ、著明な先生方が自身の臨床診断についての考えをまとめられていて、今読んでみても学ぶことが満載です。

”複雑、多様化していく歯科医療のなかで、歯科医師が本来行わなければならない役割が何であったのか(金子先生)”
”診断と治療方針というのは難しいものであり、患者によっても術者によっても変わるものであると思う。自分の未熟さを補うために、常に慎重に考え行動するように心がけ、チェックを繰り返し、書物から学び、患者から学ぶ毎日である(国島先生)。”
”総合的な診断の目と、基礎的診療やラボワークに対する細かい注意の積み重ねとが、患者の口腔を長期にわたり大過なく経過させることを忘れてはならない(豊永先生)。”

「術式は以前のものであっても、物事を的確に見つめていた先駆者たちが残した書物から学ぶことは極めて多い。」と、(平静の心で有名な)オスラー博士は述べています。時代とともに”how to”は変わりますが、”what to do”はそれほど変わらないものだと思うので、こういった本は是非とも残していくべきだと思います。

by nakadateshika | 2017-04-23 05:50 | 歯科臨床 | Comments(0)
2017年 04月 06日
Think globally, act locally
e0273912_13215561.jpg抗生物質の開発に多大な貢献をした細菌学者:ルネ・デュボスの著書「健康という幻想」を読みました。ざっくりまとめてみると・・・人間が追い求める「健康や幸福」は生物学上の健康と同義ではなく、社会的渇望(各個人が自分のためにつくった目標)によって決定される。従って、足ることを知らず 常に変化を希求しつづける人間にとって、『健康』という概念は幻想に過ぎない・・・というような内容でした。

また 彼の功績を調べていたら、抗生物質の歴史についてよくまとめられている記事を見つけました。
”抗生物質の発見以来、人間は、微生物環境を制御できるという過大な自信を抱くに至った。しかし、これが奢り以外の何者でもないことは、耐性菌の逆襲が雄弁に物語っている。人間は、生態系をコントロールできるほどの力を持ってはいない。むしろ、微生物が形成している生態系の中に、自らもどっぷりと浸かっていることを思い知るべきである。”
若くして世界的な細菌学者となった彼が 研究の道からあっさりと身をひき、後半生を生態学的文明論に関する思索と著作執筆に没頭したのは、こういったことに気づいたからなのかもしれません。

"Think globally, act locally."  こちらも彼の残した言葉ですが、短いセンテンスの中に歯科医療をはじめとして 様々な分野で通用するエッセンスが詰め込まれている名言だと思います。社会における歯科医療のあり方を考えること、そしてそのためには目前の1人1人の患者さんと真摯に向き合い、その小さな一歩を積み重ねていくこと以外に道はないということを教えてくれているようです。先人の足跡を振り返ってみると、この言葉が幻想ではなく まさに真実であることがよく分かります。

by nakadateshika | 2017-04-06 08:42 | 書籍・映画・テレビ | Comments(0)
2017年 03月 09日
デンティスト
e0273912_13253730.jpg分館への配送が概ね完了しました。無類の本好きにとっては名著に囲まれているだけでルンルン気分ですが、それでは宝の持ち腐れになってしまうので、少しづつでもご紹介していきたいと思っています。

こちらは、1975年に創刊された歯科雑誌・デンティストです。「患者とのコミュニケーションを考える〜開業医・その現実と未来〜」というテーマの中での記事ですが、(顔写真を除いては)40年以上前のものとは思えない内容で、今読んでみても心にズシンと響きます。

”もともと病気に悩む人々を救うための学問であったはずの医学の進歩が人間のあり方についての理解を混乱させ、先行きについての戸惑いや、一種の恐怖感が生まれはじめているようにも思われます。(医者と患者と病院と)”

40年前から見れば、診断機器や治療技術は飛躍的に進歩しました。それとともに、歯の保存や機能回復を図る選択肢も大幅に増加しましたが、果たしてどこまで機能回復することが医療なのか?という問題は、超高齢化社会という難題も抱えた現代ではより一層難しくなっているのではないでしょうか?恐らくその問題についての絶対的な答えというものはなく、より個別性が重視されてきているように思いますが、その答えに少しでも近づくためには、コミュニケーションに基づいた歯科医師と患者との(成人ー成人関係による)共同作業が必要不可欠であるということを、痛切に感じています。
コミュニケーションの語源を手繰ると、「伝達する」という一方的なものではなく、「共有すること・分かち合うこと」だそうですが、そのための手段として口腔内写真やレントゲン写真などの基礎資料は、今でも必要不可欠なものであることに変わりはありません。その一方で、同じような悩みを抱える歯科医師同士で問題を共有するという意味でも、記録資料の持つ意味は絶大です。K先生の業績は数多いですが、後世に記録の重要性を伝承したことが何よりも大きな功績だったのではないかと個人的には思っています。

今月下旬からは、また基本ゼミが始まります。デンティストとは何する者ぞと、これから新たなスタートを切りたいと考えているであろう受講生の先生方には、是非とも読んでいただきたい名文です。


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by nakadateshika | 2017-03-09 13:00 | 歯科臨床 | Comments(0)