2017年 03月 02日
「甘え」の構造
e0273912_651147.jpg以前金子先生との対談記事でご紹介した、土居健郎先生の代表的名著です。「甘え」というたった一つの視点から、日本人論・精神病理との関連・現代社会論までぶったぎる豪腕ぶりには目を見張りました。ただ、肝心の「甘え」とは?「甘え」の構造とは?に関しては一読しても理解できず、暫くの間 考えを巡らすことになりました。

特に分かりづらかったのが、「甘え」と「甘ったれ」との違いです。著者は「甘え」は肯定的に、「甘ったれ」については否定的に捉え、その違いを明確にすべきだとしています。
(まだ十分に理解できていないのですが)自分なりには「甘え」とは、相手に対する距離感の認識と感謝の意識があることで、「甘ったれ」とは近い距離感を意識してはいるものの、感謝の気持ちがなく一方的に依存している状態なのではないかと解釈しました。

”人間は誰しも独りでは生きられない。本来の意味で甘える相手が必要なのだ。”

本来の意味で「甘える」ことができる関係というのは、顔がお互いに見える距離感の中でしか生まれないのではないかと思います。インターネット・グローバル社会などによって拡がりすぎた人間関係で心を悩ますよりも、目の前にある持ちつ持たれつの関係を大切にしていくことが今まさに必要とされていることなのではないかと感じました。そんな偉そうなことを言いながら家庭では完全に「甘ったれ」状態ですので、感謝の気持ちをもって「甘え・甘えられる」、「持ちつ持たれつ」のよい関係を築いていきたいと思っています(スキー旅行の弁明)。

by nakadateshika | 2017-03-02 08:40 | Comments(0)


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