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2018年 11月 27日
流れとかたち
e0273912_1733585.jpg今回のもぐら塾は、「義歯の機能と形(咬合崩壊症例に対する補綴設計)」というテーマでした。咬合崩壊症例では、長年の様々な経過の蓄積(力・感染・治療)によって、「機能と形」双方に多くの問題が生じています。そういった症例に対し、どこまで機能と形態を回復し、その代償として歯質や歯髄をどの程度犠牲にしても許されるのか?咬合崩壊症例では、そのジレンマにいつも悩みます。

「美しくないんだよな〜」

若手が提示する義歯に対して、たびたび巨匠の口から漏れたお言葉です。「美しい補綴」とは主観的な表現ですが、その言葉には多くの意味が凝縮されているのではないかと思います。目を転じて周りを見れば、自然界は美しいもので溢れています。川の流れ、樹木の枝、あらゆるものには無駄がなく、(抵抗が少ない)流れの良い形態をとっていることがわかります。「線が流れていない!、外形は失われた組織の範囲に!!」というお話もありましたが、できるだけ無駄を省き、違和感の少ない補綴物にするためには、その流れの良さを意識することが大切だと再認識しました。

一方「流れ」という言葉には、時間的な意味も含まれます。今回のもぐら塾には、若手に混じって大ベテランの加藤先生が参戦し、20年経過症例を提示していただきました。その長い経過の中で生体や補綴物には様々な変化がありましたが、可撤性義歯を補修しながらその流れに沿って対応をされていたのが印象的でした。形態的な流れも重要ですが、(術後変化にマイナーチェンジで対応できるような)流れを読んだ補綴設計、流れのよい術後対応ということがさらに重要であると改めて感じました。

流れといえばもう一つ、時代の流れというものを見過ごすわけにはいきません。金属代の高騰や技工士不足の問題など、可撤性が良いとはわかっていても実際のところ難しい、ということも少なからずあります。そういった時代や社会の流れの中で、今後どういった歯科臨床のかたちを創っていけばよいのか?そればっかりは、先人ばかりに頼らず自分達で考えていかなければならないのかもしれません。

by nakadateshika | 2018-11-27 06:48 | 歯科臨床 | Comments(0)
2018年 11月 23日
巨匠との対話
e0273912_7243042.jpg文学界における歴史的な巨匠ゲーテと、その弟子エッカーマンとの対話録です。年の差43歳の二人が交わす対話の中には、詩作だけでなく人生全般に関わる名言が溢れています。

”一事を明確に処理できる人は、他の多くの事でも役に立つ”
”対象より重要なものがあるかね。対象を抜きにテクニックをどんなに論じてもしょうがない!”
”色々研究してみたところで、実際に応用したものしか頭に残らないからね”
”我々老人の過ちは許してもらえる。我々の歩んだ道はまだ拓かれてなかったのだから。しかし、後から生まれてくる人は、それだけ要求される所も多いのだから、迷ったり探したりすべきではない。老人の忠告を役立てて、まっしぐらによい道を進んでいくべきだ。いつかは目標に通じる歩みを一歩一歩と運んでいくのでは足りない。その一歩一歩が目標なのだし、一歩一歩そのものが価値あるものでなければならないよ。”

自分をエッカーマンと重ねることにはかなり無理がありますが、某先生との対話(といってもほぼ聞く一方ですが)の中で聞く文言と共通することが多く、とても面白かったです。書籍から学べることも多いですが、巨匠との対話からはその何倍も多くのことを教えられます。今週末はもぐら塾、受講生と巨匠との対話の中から数多くのことが学べるのではないかと、今から楽しみにしています。

by nakadateshika | 2018-11-23 07:24 | 歯科臨床 | Comments(0)
2018年 04月 01日
ミクロとマクロ
e0273912_8381328.jpg昨晩は、人体解明ヒストリーという番組をみました。観察・顕微鏡・レントゲンなど、先日の基本ゼミと共通する話題がキーワードになっていたので面白い部分はありましたが、「人体」シリーズ前半から較べるとそのインパクトは尻つぼみになってしまったようです。

そうはいっても、人体がいかに精細で緻密なものなのか、ということが明らかになればなるほど、人体の不思議さを感じずにはいられません。しかもそのミクロな構造が、マクロな構造体(人体)として見事に統合されているのは、もはや神秘としかいえません。しかし、そのネットワークやバランスが崩れることで、様々な問題(病気)が引き起こされてしまうようです。

同じ土俵での話題ではないのかもしれませんが、弱体化した「は」を「くち」の中でどのように活かすべきか?というのはなかなか難しい問題です。動揺した歯を一次固定するのか二次固定するのか、という問いはその代表的なもので、「は」だけでの問題ではなく、「くち」全体としてどのようにバランスを取るのかという視点が必要になります。先日のゼミでは、1歯単位の話題が中心でしたが、その背景には「くち」や「ひと」という要素がしっかりと含まれていたように感じました。

こういったテーマは、長期経過だからこそ見えてくることが多い話題ではありますが、その一方で、現在進行性の悩みからも学ぶことが多いと思います。今回のもぐら塾ではその双方から、二次固定についてより深く考える場になるのではないかと期待しています。ご興味のある先生がいらっしゃいましたらこちらのアドレスまでエントリーをお願いします!

by nakadateshika | 2018-04-01 10:28 | Comments(0)
2018年 02月 06日
もぐら塾2018・第1回〜欠損歯列のみかた〜
e0273912_7522543.jpg日曜日は、もぐら塾でした。第1回目となる今回は、「欠損歯列のみかた」を中心に歯周病と欠損歯列、KA367の使い方、片側遊離端と両側遊離端などの話題が取り上げられました。

冒頭は、期待の新人N先生のケースプレから始まりました。「欠損歯列のみかた」に関わる様々な要素が絡んだ面白いケースで、演者、受講生、そして金子先生がそれぞれの「みかた」を、身振り手振りを交えて話あい、予定時間を大幅に超過するほど議論が白熱しました。
・視座(患者年齢・History)
・視線(咬合平面・嵌合位・すれ違い・偏在)
・視点(大臼歯咬合支持・犬歯・Keytooth)
塾長のブログタイトルにズバリ示されているこの3つの要素が、欠損歯列をみる上で必要不可欠であることを学ぶことができました。それと同時に、武天老師様の広く・高く・そして深い眼力の凄さに、一同深く感じ入りました。

”症例は生き物であり、時代背景との関係性を無視して語ることはできない。”
”同世代の仲間達で目前の悩みを共有し、その問題と共に対峙してくべきだ。”

もぐら塾では、知識・技術・器材その全てに問題を抱えていた時代の中で、それぞれの課題に全力投球で対峙してきたK'sヒストリーから実に多くのことを学ぶことができます。ただ金子先生もおっしゃっていたように、現在置かれている状況はその時代とはだいぶ違います。

技工士問題、超高齢化に纏わる問題、そういった状況の中でインプラントとどう向き合い、いつ・どのように使うのか?
先人達の功績や伝統を継承していくことと同時に、今新たに抱えている問題については自分達自身で考え、革新していかなければならないのだということなのだろうと思います。そういう意味では、同世代が集まるもくあみ会は、悩みを共有しその問題に向き合う機会としてはまさにうってつけです。今回ご発表されたN先生やK先生もご登壇されるとのことですので、今からとても楽しみです!

※次回のもぐら塾は、5月頃に開催予定です。

by nakadateshika | 2018-02-06 07:45 | Comments(0)
2018年 01月 30日
経過観察の意味
e0273912_7484725.jpg早速書庫を整理してみたところ、「経過観察と歯科臨床(火曜会40周年セミナー誌)」が目にとまりました。冒頭に書かれた「火曜会と経過観察」を読んでみると、そこには求めていた答えがズバリ書かれていました。
「幸田家のことば」でも感じたことですが、伝承された言葉はわかりやすいという長所がある一方で、どうもオリジナルの重厚さが薄まっているような気がしてなりません。何事も原点を知るということはとても大事なことだと感じています。
臨床診断や経過観察など、自分なりに考えたつもりになっていましたが、すべて受け売りだったということを改めて思い知った次第であります。

by nakadateshika | 2018-01-30 07:48 | Comments(0)
2018年 01月 28日
経過観察から学んだこと
e0273912_8232764.jpg”私が最終講義をした目的は、自分達の苦心した苦い経験を、これから10年、20年先に医師として活躍する医学生にありのまま伝え、臨床医学の難しさを身を以て教え込み、また医師という職業の高度の学問的内容を伝えたかったからに他ならない。”

東大での最終講義を振り返り、後に冲中先生自身が語ったお言葉です。内科と歯科では異なる部分は多いのですが、臨床医学としての難しさはそれぞれにあるのではないかと思います。自分自身のことを振り返ってみると、大学時代にはうまく形成すること、マージンを綺麗にだすこと、あるいは根尖まで開けることばかりに集中し、「くちやひと」はまるで見えていませんでした。その後基本ゼミを受講し、講師の先生方の空間的(は・くち・ひと)、時間的視野の広さに驚愕し、臨床キャリアの一大転機となりました。しかしそれと同時に、視野を広げることによって歯科臨床の奥深さや難しさをより一層感じるようになりました。

とりわけ欠損歯列という分野は、成功と失敗の判断が難しい領域だと感じています。例え同じ歯式であっても、その他の患者要素や術者要素によってその様相は全くことなり、一つとして同じものはありません。そのなかで将来を見据えた判断(診断)を行うことは極めて難しく、絶対的な正解というものはないのだろうと思います。ただ、先人達の思想の歴史や臨床例を学ぶことで、その考え方を導き出すための方法(見方・考え方・手法)を知ることができます。個々の症例におけるヒストリー(個別論)、それぞれの症例から得られた知見の体系化(一般論)、長期経過症例から見えてくるその両輪を自分の手と頭で考え合わせることが、答えを導きだすための唯一の方法なのではないかと感じています。
ただ、それが「言うは易し行うは難し」であるということは、日々実感しているところです。

by nakadateshika | 2018-01-28 10:37 | Comments(0)
2018年 01月 14日
もぐら塾2018のご案内
e0273912_18161646.jpgお申込はこちらまで。

もぐら塾へのエントリーを受付中です。全3回の予定ですが、今年度はその都度エントリーを募集することになりました。毎回事前に概要が告知されますので、ご興味がある回だけスポット参戦することもできますし、もちろんフル参戦も可能です。第2回以降については、今のところ5月・8月頃に開催する予定となっています。

”ある分野の歴史というものは、正解が導き出されるまでの試行錯誤の連なりに過ぎず、それを知ったところで何の役にも立たないと考えられているようだ。だが、決してそうではない。歴史は、その分野の可能性の範囲を示してくれるものであり、歴史を知ることで今支配的なモノの見方の影響を免れ、一時的な流行を見抜き、冷静に全体像を捉えられるようになる。”(善と悪の経済学)

今回の大きなテーマとなっているKA367は、欠損歯列を読み解くうえで極めて有効です。(あくまで個人的な見解ですが)KA367は欠損歯列の情報をまとめた目次のようなもので、一目でその全体像を掴むことができます。また適度に抽象化された「ものさし」としても有効で、それにより他症例との比較や分類が可能となります。
ただその背景には、先人がこれまで積み重ねてきた「理論と実際」が凝縮されているため、抽象化された概念を正しく理解しそこから具体的なイメージを構築するためには、先人の”試行錯誤の連なり”を知ることが必要不可欠なのではないかと感じています。
世の中には色んな言葉や手段が溢れていますが、どんな素晴らしいものであってもその使い方を誤るとその利点を充分に活用できず、むしろ逆効果になってしまうこともあり得ます。今回のもぐら塾(第1回)は、KA367の基礎知識や正しい活用法を知るうえで、とても貴重な機会になるのではないかと思います。
※ まだ空席がありますので、エントリーをお待ちしております。

by nakadateshika | 2018-01-14 09:00 | Comments(0)
2017年 12月 27日
陸王
e0273912_829512.jpg人気を博していたドラマ「陸王」が、先週最終回を迎えました。最初は見ていなかったのですが、意外な方からの勧めでその晩から見てみるとスッカリのめり込み、それ以降は日曜日が来るのが楽しみで仕方がありませんでした。話としてはありがちなサクセスストーリーなのですが、役所広司・竹内涼真といったメインキャストに加えて市川右團治・松岡修造ら目新しい脇役たちの好演もあり、最後まで飽きませんでした(ピエール・小薮の敵役コンビはちょっとやり過ぎ?)。

”あなたが転んでしまったことに関心はない。そこから立ち上がることに関心があるのだ”(リンカーン)

チャレンジには挫折や困難がつきものですが、そこから立ち上がる姿に人は共感し感動するのだと思います。歯科治療も今でこそ基本手技が確立されてきましたが、そこに至る過程には先人の並々ならぬ苦難があったのだろうと思います。時代(歯科を取り巻く環境)は急速に変わりつつありますが、ゴールまで辿り着こうとする「意志」や、その前に立ちはだかる問題を解決するための「考え方」、そして「技術」が必要であることに変わりありません。その全ての要素が凝縮されたもぐら塾。

ただ今、エントリー募集中です!!

by nakadateshika | 2017-12-27 13:02 | Comments(0)
2017年 05月 26日
顔が見えるセミナー
e0273912_554505.jpg先週末は、(第二期)もぐら塾の2回目でした。今回から会場が変わり、少しコンパクトな部屋になったことでお互いの距離感が近くなりました。また照明をつけたままでのプレゼンテーションが可能だったので、終始お互いの顔がよく見えて、より一体感のあるセミナーでした。

各地で猛暑日が記録されましたが、天候と同様 受講生ケースプレも白熱しました。生まれも育ちも違う先生方が集まっているセミナーですが、ケースプレの内容からその顔がよく見えてきます。講義を聴くことも大事ですが、自分の症例に対して塾長から直接ご意見をいただくということが何よりも自分のためになるということを、受講生の先生方も痛感されていたようです。

講義の中ではなんといっても、55年にわたる長期経過症例が最大にして最高の山場でした。今回「臨床診断」について調べ 自分なりにも考えてみましたが、客観的かつ絶対的な診断というものが存在しない歯科の「臨床診断」においては、経過観察こそが何よりも重要であることを改めて感じました。
診断について考えることは、医療の本質を考えることであると言われています。しかしそれは、精密なデータによって組み立てられた科学的で画一的な診断法や治療法を探し求めるというようなものではなさそうです。それよりも、1人1人の患者さんと長期に向き合った長編ドラマをみながら、それぞれの答えをそれぞれが考えることでしか見えてこないのではないかと感じています。そういう意味で、もぐら塾には最高の教材があり、自分が歩むべき道筋を考える最高の学び場であると思います。

by nakadateshika | 2017-05-26 05:27 | Comments(0)
2017年 04月 23日
総合診断へのアプローチ
e0273912_5521090.jpg前回のもぐら塾には間に合わなかった臨床診断について、再考しています。講義の中でもご紹介されていた豊永先生や国島先生をはじめ、著明な先生方が自身の臨床診断についての考えをまとめられていて、今読んでみても学ぶことが満載です。

”複雑、多様化していく歯科医療のなかで、歯科医師が本来行わなければならない役割が何であったのか(金子先生)”
”診断と治療方針というのは難しいものであり、患者によっても術者によっても変わるものであると思う。自分の未熟さを補うために、常に慎重に考え行動するように心がけ、チェックを繰り返し、書物から学び、患者から学ぶ毎日である(国島先生)。”
”総合的な診断の目と、基礎的診療やラボワークに対する細かい注意の積み重ねとが、患者の口腔を長期にわたり大過なく経過させることを忘れてはならない(豊永先生)。”

「術式は以前のものであっても、物事を的確に見つめていた先駆者たちが残した書物から学ぶことは極めて多い。」と、(平静の心で有名な)オスラー博士は述べています。時代とともに”how to”は変わりますが、”what to do”はそれほど変わらないものだと思うので、こういった本は是非とも残していくべきだと思います。

by nakadateshika | 2017-04-23 05:50 | Comments(0)